記録 2019.07.06.限界。

*もう本当に*んだほうがいい。となり。
私は*ぬ、という言葉が嫌いだが(*ぬという言葉、「縁起でもない話」「もしものことがあったら」というフレーズが大好きな女に育てられたから)
忘れられたい。「居なかった」ことにしてほしい。
こんなに「生きて」しまったことがただただ「恥ずかしい」。

墓なんか要らないし
**が見つからないような**方が理想だけど
衛生上法律上許されないのなら
棺は段ボールでいい
燃やすときのエネルギーを何かに利用しているような施設がいい
燃え残りは粉々に砕いて畑か川か海に撒いて
遺品整理。の業者。公共料金の精算代行。
使える家電、日用品、古くてもきれいに使ってるし
わりと「いいもの」もあるから売れるものは売って
僅かな預金残高と一緒にすべて「清掃」業者に寄付するよ

かっぱのぬいぐるみは8匹とも鳥生子ちゃんにあげるわね。
このかっぱちゃんはもうつくられていないものだけど人気だからうるといいねになるそうよ。

*こんなに内にも外にも味方がゼロで 否定されまくって、
たまに肯定してもらえてもちっとも嬉しくない「やり方」で、
「もしかしたら」と挑み続けても悉く裏切られても
結果、常に、他人の反応がおそろしくてびくびくしていても
物質的に揃っていれば、こんなに長い期間生きられるものなんだ。という驚き。

*世界が白黒だ、と初めて感じたと思う。
夜見る夢には、砂の山。灰の山。

*「はあ〜〜〜〜?!もう、いいかげんにしなさいよ〜〜〜〜?!あんただけが苦しいと思ってんの〜〜〜〜?!あまえるなあ!!」
「みんな、そう!!はいもうその話終わり!!ほんとに何なのよもう〜〜〜〜」
「へぼりくつばっかりこねてんじゃないよ!!」
「あ〜それね〜でもね〜お母さんもねえ〜〜(長いお母さんの話)」
「そんなにそれがいやだったんなら反面教師にすればいいでしょ!!」
「はあ!!なんかあ、よくわかんないけどすっごい苦しい生き方の人もいるんだねえ!!」
「まっ、過去は過去!!今、考えてもしかたがない!!あの頃はみ〜んな苦しかった!!前を向いて!!若いんだから!!未来へむかって!!」
「ははっ。なんかよくわかんねえけれど。人は忘れることが出来るから生きられるんだぜ」
もしかしたら・・・もしかしたら・・・言葉を選んで、シチュエーションを選んで、彼・彼女の機嫌、状況を注意深く観察して臨めば・・・
諦めが悪くて。何十年も繰り返し。
でもおそらく初めて、こんな両親の子どもだった自分を「かわいそう」「これで生きられるものなのか」と思ってるよ。
「自分がおかしい」
「いいかげんにしろ」という声(↑への同調勢力)の方が大きすぎて気づけなかったけど。今更驚いてる。

頭では涙が止まらないだろうと考えるが涙は出てこない。苦しい。
受け止め限度を超えているのか、
身体中、あちこちの重さや痛みが消えない。
縦になっても横になってもぐらぐらする。

みんなが笑顔で私を取り囲み「せーのっ!!」
骨が折れる音、内臓のつぶれる音、自分の悲鳴。
それでも絶命はしない、生かされ続ける。
無知無学の者ほど無自覚に残酷だ。
相手の立場に立つ、立とうとする、ことがないからだ。

何十人の奴隷を武装させ*し合わせ最後に生き残った一人は猛獣と戦わせ最後に食い*させる。
それをみんなが楽しそうに見物している。
「おおすげえ」(私には関係ないけど)
「あれはだめだね、ほらやられた。お、強いのがいるぞ見ろよ」(自分とは違う生き物だけど)
「がんばれええ」(まあ最後には*されるんだけど。それがまた圧巻なんだけど)
と歓声をあげている。

子どもの頃から私に見えていた人間、世界は、悉く、↑のようなものだったと思う。
(終わらない)
(最初から絶望しかないのに、長い。そしてそれを遠巻きに愉しむ観客が居る)
(私はどこまでも彼らを楽しませるための道具)
どうにかして、どうにかして「一般的な人間の感じ方と行動」になるよう、ほぼそれだけに注力し学習し訓練し続けたが
10年に一度くらいぶちあたる限界があると思う。