記録 2019.06.08.-(2)

*ちょっと外に出たときにぼけっとしてたからかすっころんだんだけど、それから思い出して考えたこと。
本当に困ってること、いやだったこと、怖いめにあったこと、悩んでいることこそ、
親には言えなかったし今も言えないよな〜と書いたけど、
日々のちっちゃな、ころんだりけがしたことだって、親には知られたくなかったな。
「ぼーっと歩いているからよ!!しっかりしなさい」怒られることの方が多かったからかな。
「それはあなたが悪い」とばっさり行かれることを恐れて。とか。
知られてしまった時の「反応」を警戒する。
あの緊張感。

お母さんは、ちっちゃなことでもよく言ってくる人だった。とも思い出した。
「お母さん指切っちゃった。ほら。」
「さっきそこで転んじゃって〜〜擦り剝けちゃった。ほら」
「あ 痛っ。変なとこ噛んだ 痛ーーーーー」
お母さんの痛そうな顔、痛そうなセリフ、その時の状況はすごくよく憶えてる。
あとよく朝食の時にめちゃくちゃむせる人だったなあ。
むせるって、やっぱり、常に疲れてる人だったんだろうけど。
(疲れてる時は、人は、普通にしているのに噛んだり、むせたり、何もないところでころんだり、普段ぶつけないところでぶっつけたり、するよね。〜休みましょう〜)
私は食事中や会話中に、むせたり変なとこ噛んだりしたときは席を立つようにしてるんだけど、
お母さんは目の前でずっとむせてて、「やだなあ」と思いながらいつも見てたからね。

でも、今は違うけど、「頼ってほしい」ということを大人になってから暫くは言われた時期はあった。
「なんで言わないの」「どうしてこっちに帰ってこないの」
「あなたには、この家があるんですからね?」
親を徹底して頼らない、甘えない、本当のことだからこそ話さない ということは、
歴代「カレシ」にはバレるたびに「おかしい。親がかわいそうだ、改めろ」と言われ続けたけど。
(普通に育った人ばかりだったんだなあ)

今は「娘が近くに住んでいて本当によかったわ〜安心〜いざとなったら!!頼れるじゃない?」みたいな感じ。
「助けてよ?ねえ、助けてよ?!」叫ぶように言う。
本音なんだろうな。よく言えば、正直で、ピュアで、可愛らしい人だ。
私の中では、いつでも、けなげな幼女だ。(年々「汚い」度合いは増すが・・・)

甘えられなかったな。と、考えて、実家にいた十数年、
ずーっと1年365日24時間感じていたあの緊張感を思い出し、
一瞬、ものすごく悲しくなるが、
すぐに「止まる」。転んでもくじいてもぶつけてもすぐその痛みが消えるみたいに。
もーちょっと長く強く感じてもいいんじゃないの?と頭で少し思うくらいに。

私は「こんなところ」に住んでいていいのかな。とは時々思う。
症状が減って・・・
かなり住居や職業の選択範囲が拡がった(対自分10年比)今は、
「逃げられなくなる」前に、何かの瞬間に「事件」を起こしてしまわないように、
もっと「距離を置く」必要があるんじゃないのか。物理的に。
外国、関西、九州、僻地、離島などに引っ越すべきではないのか。
そんなことは、近頃、よく思う。