記録 2019.03.17.「お誕生日おめでとう」が言えない私

*また非常に私的なメモとして。記録。
自己嫌悪が酷いね。
結局私は、両親をどう思ってきたか、感じて来たかを悉く麻痺させ無視させ、だくだくと、影響を受け続け、しかも、そのことに無関心で生きて来たのだと思う。
足許が見れない。見る勇気がない。
それを促すような他人や出来事は悉く遠ざけるのが、生活の知恵。
依存物もその道具の一つ。
父と一緒だ。
以前言われたことがある。「ねえ、どうしてそんなに悲しそうなの」
別に、言われた時には特に辛い時期でも困っている自覚がある時期でもなかったので
「なんでそんな風に見える?」と思った記憶があるけど。
私の身の回りで、一見普通だけど、悲しそうに見える人、と言えば・・・

*私は「お誕生日おめでとう」が素直に言えない。
子供の頃から、誰かに対して「お誕生日だね!!おめでとうだね!!」とはしゃいでいると、
父に、へらへら笑いながら
「お誕生日おめでとう、なんて、二十歳まででしょ?特に女はさ。それからは、お誕生日毎に、誠にご愁傷様です、だよね〜アハハ」
窘められてきたから。
それを「恐れ」て、未だに誰に対しても、言えても、「・・・」と何回もグルグルしてしまう。
母や妹は「何てこと言うのっ失礼ねっ」とか、やっぱり笑いながら返していたりして「軽い」んだけど、
私は、↑の父の言葉、その時のへらへらっとした表情が、私のどこかに刺さったまま残っていて、グズグズしてしまっている。
「誕生日なんて〜な〜にが、めでたいんだよ?アハハ」
お父さんには、お誕生日おめでとう、とは、未だに言えない。
↑と返されるのが怖いから。悲しくなるから。
「ただの照れ隠しじゃん☆」って普通なら、「もうしょうがないなあ。またかあ」って流せるのだろうけど、
あのセリフ、言い方、表情を思い出すたびに、「その日」でなくとも「刺さったところ」が痛くてね。

*父方の祖母も、よく、似たようなことをポロリと言う人で。
10歳になるかならないかくらいかな?一緒にゆっくりの、各駅停車の電車に乗った時に
「年を取ると本当に1年が速くてね。こんな電車じゃなくて、新幹線に乗ってるみたいなんだよ」
「私なんかは、もう、あーっという間に終点だ アハハ」
「やだよ、そんなこと言わないでよ、長生きしてほしいよ」ってわあわあ言ったと思うんだけどね。
おばあちゃんと一緒に過ごせることが本当に楽しくてしょうがない孫だったからね。
すごく暗いこと、反論しようもないことを、何気なく、笑いながら、ぽろっと言うところが本当にそっくり。
感じ方がこんなで記憶力がこんなな私は、何十年も「シクシク」と棘が取れないような感じ。

*私も、気を付けないと、人との会話で、
「突っ込む余地がないほどの爆弾発言」
「ネガティブな驚きを与え、相手の感受性によってはトラウマ級の不快感を残す発言」
を無意識にしてしまうと思う。いや、確実にしてきた。
今更になって(何十年も前の)記憶と客観的な感覚を取り戻してはひとりで悲鳴をあげていたりします。
ブログやツイは私的な記録なので修正削除はしないけど・・・
相手は憶えていない可能性もあるのにご苦労なこったw
調子に乗ってべらべら喋ってしまう、なんて、本当はとっても警戒すべきシーン。
それは、「普通の人たちとの」人間関係では気を付けていることなんだけどね。

**なかなか、「本当に追うべき」「ガリガリと残すべき」ことは言葉にならないな。
(私の中に残っている父の記憶、父との間にあったこと、は、ひょいひょい避けて、なんか「遠い」人たちのことをグダグダ書いたりさ)
思い出すのも怖い。言葉にするのもいやだ。
うろうろしてぐずぐずしていると、過食がしたくなってくるな。
でも明日も仕事だしな。うーん。みたいな感じ。
まだまだ続きます・・・・(-__________-)