記録 2017.11.02.レター?+

*めずらしくOutputが出来る感じなので。珍しくね。1年に何度もなくなっちゃった感じだ。いいことなのか悪いことなのか。「別段、わざわざ書くこともないことばかりの何でもない日常」だからなのか。

それになりたい。ということも、「自分を変えたい」ということなのね。
偉いね。
何となく思い出すのは夢ちゃんのお母さん。
自分を変えたくて、癒しの道に突貫していった。
実の娘を、病気にするほど傷めつけてしまう、鬼のような攻撃的な自分を変えたかったんだろうな。
結果、娘以外のいくらかの人間は救われ、助けられ、癒されていったけど・・・
それで娘に残した傷が少しでも癒えるわけもなく。
もっと厳しく言うなら、「現実逃避」でしょうね。
お父様の方の活動と何も変わらないでしょう。

もう「自分を変えたい」という思いそれ自体が病気なんじゃないかな、という気がする。
そのことで、本人はいくらか楽になり、周囲も希望を与えられたり助けられたりもするだろうが、
本人の心の苦しさは、変わらない、どころか、少しずつ倍加するのではないか。

代々、「自分を許す」「自分を受け入れる」「ありのままの自分を好きになる」ことを知らずに
何百何千年と子は親となる子は親となるを繰り返して来た人間が、
それが可能になる、自分を変えずとも受け入れられる、楽になれる者に変わるなど、
生来の盲人に文字を読め、色を見分けろ と強いるようなものではないか?
変えずとも。変わらずとも。愛してくれる人はあるのに。
なお、こんな自分じゃイヤだ。変わりたい。と思うのですね。
偉いね。でも、私は、見ていて、少し悲しい。
いや別に否定しているんじゃなくてね。そういう生き方をしてきたからこその今のステキな姫様なんだと思う。
桃井かおりが「苦手なこと、少しずつなくしていくのがイイ女の生き方」みたいなことを言っていたような気がする。
今は生き方を変えられずとも。
いつか、「これでいい」「これで、もう、何もいらないな」「あとは、世界に返して生きていくだけ」と満たされる日が、一日でもいい、あってほしいと願う。
その時、その技術があれば、もっと素敵なことになりそうだしね。

いいなあ「どんな子かな?予想」若夫婦の会話。みんな、両親、そんな会話をしているのを確かに聞いて、楽しみにしてきたんでしょうね。ほっこり。
ときこちゃん(仮)は、2028年、2038年の世界で、2017年に、ママの書き残したものに触れることがあったら、どんな感想を持つのかなあ。

私の生まれる前のママのこと。
信じられないような生き地獄を経験していたらしいこと。
政治的に(珍しく)すごく偏りがあるが、博識でやさしいおじいちゃまと、私の生まれる数年前に急逝したおばあちゃんの「過去」をどう思う。
そしてそれは、おじいちゃんおばあちゃんの「世代」に流行った「社会的な病」(まだスマホどころかPCだって職場に一台、電話も一家に一台、若者は電話すらなく下宿の呼び出し、みたいな時代、喫茶店で若者が集まってそういう「思想」の本を読み込み、社会について政治について未来について熱く語るのが「イケてる」時代があったそうなのだ・・・)(ちょうどパパママの幼い頃に、社会的な大事件が世界中でおこり、急激に廃れて忘れられていったが、「病気の根・傷あと」はまだいろいろなところに残っている・・・)であったこと。
パパは、おばあちゃんのことを「レジェンド」とあがめている組織を知っている人だったこと。
精神を病んで「しまった」らしい、やっぱりとても頭がよくて話のおもしろいおじちゃんのこと。
「病気の痕」なんて、特に感じない、みんな普通の人なのに?信じられない と思うのか
私のように、本人達は誰ひとり病気ではなかったのに、(誰も感じていなかった)「妙な暗さ」「激しさ」の中に、「言葉にうまくならない」世々生々の苦しさを感じ取るのか。

やっぱりすっごく本好き、書くこと、描くこと好きの「夢は映画監督!」な娘さんでしょうか?
真逆に、身体を動かすこと大好き、プロのダンサーになる!と幼少時よりオーディションを受けまくるのでしょうか?
私まで楽しくなって来てしまいました♪どうもありがとう。
Baby Showerでしたっけ?
欧米にも、安産祈願の会食の習慣があるそうですが、本当に直前になる前に、どこかで会食をしてみたいですね。
(どこでデートのお誘いしてんだ (-    -))