記録 2014.07.02.Siebzehn-Artikel-Verfassung Zitate

あらあら。
勇ちゃんとハグしてチューして〜
なんて言葉に出して言っちゃうなんて。
アキ君たまってンだなあ。勇ちゃんで毎晩何回抜いてるんだyo
かわいい〜でも切ねえー早くもう一歩進まないかなーーー
(って勇さんって「それ」は大丈夫なのか。??? ・ ・;)
なんてお昼に思ってたら
急にゲリラ豪雨

勇さん、大好きな人にでも、キレられるって、すっごく大事だし健康的なことだから、
(私には、まだまだ出来てない部分が多くて、だから病気が残っていて)
大切にしてね。それで一時的にだって相手も勇さんもつらい思いをするけれど、
「私は、これはイヤ」って感じて、お互いに表現できるから、
次からは、本当に大切な人ならば、気を付けることができるんだしね。
お互いにちゃんと話が出来るといいなーって陰ながら願ってます。
脳と口がつながっちゃってても、
頭の回転が早いゆえに失言多し、若さゆえにKYな言動も多々!でも、
人の話は聞く子、と少ないながらエピを読んでいると思うので
そして何より勇ちゃんが大切でだーい好きなことは明明白白なので
がんばってくださいな〜〜〜
&To:小僧、お前もがんばるんだぞ。
なんて十何人もの人が同じようなこと※してきそうだけど・・・
月並み&オッサンな感想で済みませぬ・・・

*ま 改憲ではなく 憲法の解釈を変えた、っていうだけで
すぐにこれで戦争に巻き込まれるっていうのもまた短絡かな。と思っていて。
しかし安倍さんは何かとても急いでいる感じです。
それはいろいろな所に書かれていることを読んでも、真意がよく分からないです。
最初は96条改正・・・がダメになったので、特定秘密保護法・・・憲法解釈変更
と来ているから、やっぱり本丸は9条改変なのだろうけど。
どう改変されたいおつもりか?
でも、
「近い将来に、戦争に巻き込まれるのでは?」
「また日本は戦争をするようになるのでは?」
という不安から、普段は新聞の政治面もそんなに真剣に読まない普通の人も、
現行憲法の歴史や、先の戦争のこと、今の日本の世界的な立場について
勉強したり、考えを持ったりするようになって、それはそれでいい傾向なのかも。
いい意味でも悪い意味でもネットでは偏りようがないし・・・
いや、偏ってるのかな。どうかな。愚民です(恥)

私は十七条憲法についてちょっと調べてみましたよ。

一にいう。和を何よりも大切なものとし、諍いを起こさぬことを根本としなさい。人はグループを作りたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことに従わなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議するなら、自ずから物事の道理にかない、どんなことも成就するものだ。
二にいう。あつく三宝(仏教)を信奉しなさい。3つの宝とは仏・法理・僧侶のことである。それは生命ある者の最後のよりどころであり、全ての国の究極の規範である。どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理をとうとばないことがあろうか。人で甚だしく悪い者は少ない。よく教えるならば正道に従うものだ。ただ、それには仏の教えに依拠しなければ、何によって曲がった心を正せるだろうか。
三にいう。王(天皇)の命令を受けたならば、必ず謹んでそれに従いなさい。君主はいわば天であり、臣下は地にあたる。天が地を覆い、地が天を載せている。かくして四季が正しく巡りゆき、万物の気が通う。それが逆に地が天を覆うとすれば、こうした整った秩序は破壊されてしまう。そういうわけで、君主がいうことに臣下は従え。上の者が行うところ、下の者はそれに倣うものだ。ゆえに王(天皇)の命令を受けたならば、必ず謹んでそれに従え。謹んで従わなければ、やがて国家社会の和は自滅してゆくことだろう。
四にいう。政府高官や一般官吏たちは、礼の精神を根本にもちなさい。人民を治める基本は、必ず礼にある。上が礼法にかなっていないときは下の秩序は乱れ、下の者が礼法にかなわなければ、必ず罪をおかす者が出てくる。それだから、群臣たちに礼法が保たれているときは社会の秩序も乱れず、庶民たちに礼があれば国全体として自然に治まるものだ。
五にいう。官吏たちは饗応や財物への欲望を捨て、訴訟を厳正に審査しなさい。庶民の訴えは、1日に1000件もある。1日でもそうなら、年を重ねたらどうなろうか。このごろの訴訟にたずさわる者たちは、賄賂を得ることが常識となり、賄賂を見てからその申し立てを聞いている。すなわち裕福な者の訴えは石を水中に投げ込むように容易く受け入れられるのに、貧乏な者の訴えは水を石に投げ込むようなもので容易に聞きいれてもらえない。このため貧乏な者たちはどうしたらよいか分からずにいる。そうしたことは官吏としての道に背くことである。
六にいう。悪を懲らしめて善を勧めるのは、古くからの良いしきたりである。そこで人の善行は隠すことなく、悪行を見たら必ず正しなさい。諂い欺く者は、国家を覆す武器であり、人民を滅ぼす鋭い剣である。また媚び諂う者は、上には好んで下の者の過失を言いつけ、下に向かう上の者の過失を誹謗するものだ。これらの人たちは君主に忠義心がなく、人民に対する仁徳ももっていない。これは国家の大きな乱れの元となる。
七にいう。人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはならない。賢明な人物が任にあるときは褒める声がおこる。邪な者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。世の中には、生まれながらにすべてを知りつくしている人は稀で、よくよく心がけて聖人になっていくものだ。事柄の大小にかかわらず、適任の人を得られれば必ずおさまる。時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かに伸びやかな世の中になる。これによって国家は長く命脈を保ち、危うくならない。だから、いにしえの聖王は官職に適した人を求めるが、人のために官職を設けたりはしなかった。
八にいう。官吏たちは、早くから出仕し、夕方遅くなってから退出しなさい。公務はうかうか出来ないものだ。一日じゅうかけて全て終えてしまうことが難しい。従って、遅く出仕したのでは緊急の用に間にあわないし、早く退出したのでは必ず仕事をし残してしまう。
九にいう。真心は人の道の根本である。何事にも真心がなければいけない。事の善し悪しや成否は、すべて真心の有無にかかっている。官吏たちに真心があるならば、何事も達成できるだろう。群臣に真心がないなら、どんなこともみな失敗するだろう。
十にいう。心の中の憤りをなくし、憤りを表情に出さぬようにし、他の人が自分と異なったことをしても怒ってはならない。人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分は必ず聖人で、相手が必ず愚かだというわけではない。皆共に凡人なのだ。そもそもこれがよいとかよくないとか、誰が定めうるのだろう。お互い誰もも賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手が憤っていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかと怖れなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって行動しなさい。
十一にいう。官吏たちの功績・過失をよくみて、それに見合う賞罰を必ず行いなさい。近頃の褒賞は必ずしも功績によらず、懲罰は罪によらない。指導的な立場で政務にあたっている官吏たちは、賞罰を適正かつ明確に行うべきである。
十二にいう。国司・国造は勝手に人民から税をとってはならない。国に2人の君主はなく、人民にとって2人の主人などいない。国内のすべての人民にとって、王(天皇)だけが主人である。役所の官吏は任命されて政務にあたっているのであって、みな王の臣下である。どうして公的な徴税といっしょに、人民から私的な徴税をしてよいものか。
十三にいう。いろいろな官職に任じられた者たちは、前任者と同じように職掌を熟知するようにしなさい。病気や出張などで職務にいない場合もあろう。しかし政務をとれるときにはなじんで、前々より熟知していたかのようにしなさい。前のことなどは自分は知らないといって、公務を停滞させてはならない。
十四にいう。官吏たちは、嫉妬の気持ちを持ってはならない。自分がまず相手を嫉妬すれば、相手もまた自分を嫉妬する。嫉妬の憂いは果てしない。それゆえに、自分より英知がすぐれている人がいると喜ばず、才能がまさっていると思えば嫉妬する。それでは500年たっても賢者にあうことはできず、1000年の間に1人の聖人の出現を期待することすら困難である。聖人・賢者といわれるすぐれた人材がなくては国を治めることはできない。
十五にいう。私心を捨てて公務に向かうのは、臣たるものの道である。およそ人に私心があるとき、恨みの心が起きる。恨みがあれば、必ず不和が生じる。不和になれば私心で公務を執ることとなり、結果としては公務の妨げをなす。恨みの心が起こってくれば、制度や法律を破る人も出てくる。第一条で「上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議しなさい」と言っているのは、こういう心情からである。
十六にいう。人民を使役するにはその時期をよく考えてする、とは昔の人のよい教えである。だから冬(旧暦の10月〜12月)に暇があるときに、人民を動員すればよい。春から秋までは、農耕・養蚕などに力を尽くすべき時である。人民を使役してはいけない。人民が農耕をしなければ何を食べていけばよいのか。養蚕がなされなければ、何を着たらよいというのか。
十七にいう。物事は独りで判断してはいけない。必ず皆で論議して判断しなさい。ささいなことは、必ずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。その時みんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。

何これすごい。
この時代に儒教道教四書五経が伝わっていたのかと調べてしまいましたよ。
(伝わっていたようです。まだ木簡の使われていた時代では?)


仮に「普通の国」のように戦争が出来るようになって
(武器や技術は輸出が出来るほど有るらしい・・・)
「危険な事態」に巻き込まれることがあったとしても
それが前史のサラエボ事件、グライヴィッツ事件、満州事変、のような
「仕組まれた」口火となることはなく・・・
右手で握手、左手で剣をふりあげて交渉するのではなく
自分の都合に最大限有利に相手を動かそうとしてカードを切るのではなく
左手の剣も捨てて両手を出して 相手の剣も捨てさせてしまう・・・
不利になってもいい、要求されるだけ、あるだけのカードを与えてしまう。
自分たちは十分に豊かだもの。
ないものは作れるし、買えばいい。そうやって来たし。
怒りにまかせた報復からは何も生まれない。
・・・どころか、今度は間違いなく人類の破滅。
未来の指導者(たち)は、「そんなこと」が出来るのだろうか?


*え〜〜めんどくさい?・・・かわいいじゃない〜
かまって欲しい時にかまってくれない、
「面倒くせ」って顔と態度に出る男なんていらないっ
そんなヤツと一緒にいるくらいなら
一人がいい 一人でいい!
いいよ〜かわいいよ〜面倒くさいけど かわいいよ!!
それを言うならアキ君だって(勇さんの文章でしか知らなくても)
相当めんどうくさい男だと思うし!
いや面倒くさいからかわいいって感じるし。

この前 私の話を聞いてくれない親なんかいらない って書いてたの
超かっこいいって思ったよ私。
勇さん疲れてるんだよ、昼間に聞き間違いをしてしまったっていうのも
毎日いろいろありすぎで、アキ君とオフも一緒にはしゃいだりして。
それをブログ民どもにもこうして毎日聴かせてやって。
※だらけになるので※返も律儀にして。
アウェイで もそもそ言ってるだけのこんなところにまで〜〜早朝に〜
(いいから休んで〜疲れちゃうよ〜)
きっとちょっとお休みをもらえたのね。
勇さんもアキ君も少し休んでねってロマンスの神様が。

めんどくさくない 女なんてかわいくないよー(私だ)
いつでも都合よく振る舞ってくれて、
何でも合わせてくれて、物分かりがよくて、
怒らない、泣かない、責めたりなんて皆無。
料理上手の床上手、出来ないことはありません。
出来ないことは努力して出来るようになります。
「やだな」って思っても(思うこともなかったり)我慢。
わりとまともな男もどんどんダメにしちゃいます。
「何こいつバカじゃない」みたいなことを心の中で吐き捨てまくりの頃には終わりは近い。
(でもそれすら気づいていないこと多々)
恐ろしい女です。いや男か女か以前に人間か?
ま 病気の一症状(だった)ということで。
過食は人には比較的迷惑をかけないけど、これはね・・・(自己嫌悪)

*人のラブラブ日記にツッコミ にサンドイッチにされてる憲法云々・・・
ますます「手術台の上のミシンとこうもり傘の出会い」様の混乱が w
週刊文春とeggを同時にレジに出してコンビニの店員をうならせよう〜
(egg休刊したんだよね。15年くらい前買ってたな〜)