記録 2015.02.01.

*・・・うん?なんか、あんまり思ったよりも「どっかん」って、来なかったなあ?の日曜夜。
かといって「がっ」のまんまだったというわけでもないけど。
明日からまた「がんばる」「ふんばる」し、
今までとは違う意味で「するどくなる」必要があるし、
リラックス・・・休めるだけ休んでおくことにする。

うん、そう、リラックスしないと能力は発揮できないんだよね。
集中力が最高に高まるのは、リラックス出来ている時。
緊張していると、普通のことだってうまくいかない。
一流の運動選手やPerformerがすごい!のは、
極限の緊張状態でもおかしくない場所(衆人環視、重圧)で、
最大限にリラックスして、能力を発揮出来るってことなんだと思う。
天性や、努力もさることながら。
もう、修行をおさめた高僧の域なんじゃないかな。(?)
病気の人が「本来はもっと出来る人なはず」というのは、
「リラックス」って何だ?状態ってほど、
感情や感覚が病的に麻痺した状態を超長期に亘って続けてしまっている、
というのもある、と考えてる。
ああ、別に「もっと出来る人」になる必要があるってわけじゃないの。
ただ、病気が良くなると、「何となく、良くなる前より、出来るようになった」感じがするってだけ。
最初は、摂食障害を何とかしようとしてたんだけど、
全く違う方面でも「おまけ」がついてきたな〜って。

ぶれさせたくないです、
どこまでも、どこまでも「ありがとう」っていうこと。
それを、一瞬・一瞬、表現するために生きたいということ。
人は、必要なひと・ことにしか出会わない。

疲れて、注意力を缺いて、「しまり」が悪くなって、
余計なことを言ってしまったり、
言うべきことが言えなかったり、
感じ取らなければならない重要なことを「感じ逃し」等は、
避けたいもの。

「わくわく」「わあきれい」「いいなあ、これ好き」「よかったね」「ありがとう」私は本当に幸せになったから、世界に「お返し」を。
明日どころか、1時間後だって、「こうしていられる」保証なんてどこにもないのに、いつも、いつだって、瞬間瞬間が「奇跡」のような。この「感じ」、(特に同じように病んだ)すべての人のものに。

眠くならないなあ。銀魂の続きでも読もうかなあ。ま、貴重な日曜の夜、だらだら好きなように過ごす〜☆幸せ。
いつも、どうも、ありがとう。大好き!